はじめに:2人が支配した異常な時代

サッカー史において、リオネル・メッシとクリスティアーノ・ロナウドが築いた時代はあまりにも特異である。
2008年から2023年頃までの約15年間、バロンドールはほぼこの2人によって独占され続けた。その結果、本来であれば受賞してもおかしくなかった名選手たちが“歴史の陰”に追いやられることとなった。
本記事では、いわゆる「バロンドールの被害者」と呼ばれる選手たちを、“受賞を逃した回数”という視点からランキング形式で整理する。
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同率6位(1回):「あと一歩」で届かなかった名手たち
まずは1回のみ受賞を逃したとされる選手たちである。
• フェルナンド・トーレス
• フランク・リベリー
• マヌエル・ノイアー
• アントワーヌ・グリーズマン
• フィルジル・ファン・ダイク
• ロベルト・レヴァンドフスキ
• エーリング・ハーランド
この中でも特に議論を呼ぶのはフランク・リベリーである。2013年、バイエルンの三冠達成の中心として活躍しながらも、受賞はクリスティアーノ・ロナウドであった。
また、マヌエル・ノイアーはGKとして歴史的な評価を受けながらも、2014年の受賞を逃している。守備的ポジションの不利さも浮き彫りになった象徴的な例である。
さらに、ロベルト・レヴァンドフスキは2020年にほぼ確実視されていたが、同年はコロナ禍の影響でバロンドール自体が中止となった。これは“史上最大の機会損失”とも言われる。
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同率3位(2回):黄金期に埋もれたバルセロナの頭脳
続いて、2回受賞を逃した選手たちである。
◾️ネイマール

◾️シャビ・エルナンデス

◾️アンドレス・イニエスタ

特にシャビ・エルナンデスとアンドレス・イニエスタは、史上最高の中盤コンビと称される存在である。
2010年のバロンドールでは、スペイン代表としてワールドカップ優勝に貢献したにもかかわらず、受賞はチームメイトであるリオネル・メッシであった。この結果は今なお議論の対象となっている。
また、ネイマールはMSN時代に欧州制覇を達成したが、常にメッシとロナウドの壁に阻まれ続けた。
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2位(4回):史上最高の“準優勝者”
◾️クリスティアーノ・ロナウド

意外にも2位に位置するのはロナウド自身である。
彼は5度のバロンドールを受賞しているが、それ以上にメッシに阻まれて2位に終わった回数が非常に多い。圧倒的な成績を残しながらも、「同時代にメッシがいた」という理由で受賞を逃した年が複数存在する。
もしメッシがいなければ、ロナウドはさらに多くのバロンドールを獲得していた可能性が高い。
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1位(5回):最大の“被害者”はやはりこの男

◾️リオネル・メッシ
そして1位はメッシである。
彼は史上最多のバロンドール受賞者でありながら、ロナウドに敗れて2位となった回数も非常に多い。特に2013年や2014年などは、どちらが受賞してもおかしくない年であった。
メッシもまた、「ロナウドさえいなければ」という状況に何度も直面していたのである。
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なぜこの2人だけが突出したのか
メッシとロナウドの支配が長く続いた理由は明確である。
1つは個人成績の異常性である。年間50ゴール以上を当たり前のように記録し続けた2人は、他の選手とは次元の異なる存在であった。
もう1つは継続性である。普通のスター選手は数年でピークを迎え衰えるが、2人は10年以上トップレベルを維持し続けた。
この「異常な安定性」こそが、他の候補者たちにとって最大の壁となった。
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結論:本当の“被害者”とは誰なのか
本記事で紹介した通り、多くの名選手たちがメッシとロナウドの時代にバロンドールを逃してきた。
しかし最も重要な事実は、
実はメッシとロナウドはお互いに被害者であった
という点である。
どちらか一方しか存在しなかった世界であれば、バロンドールの歴史は全く異なるものになっていたであろう。
それでも2人が同時代に存在したからこそ、サッカー史はこれほどまでに熱狂的で、語り継がれるものとなったのである。


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